否定するなら、代案を。

新しいブログを始めてまだ1週間経っていませんが、非常に嬉しい反響がたくさんあり感謝の気持ちでいっぱいです!
ありがとうございます!
これからも頑張っていきますので、みなさまよろしくお願いします。

さて、そのような嬉しい反響の中にも覚悟はしていましたが否定意見をする方々が現れました。

この反応は反響の大きさを表すというところではありがたい反面、もちろん悲しいところもあります。
「人を否定すること」「人に否定意見をぶつけること」は決して悪いことでは無いと思っています。
私自身、生きていて納得いかないこともありますし、愚痴を言いたくなる時だってあります。
人間だもの!

しかし、私は社会に出る者として「責任」を持った言動がマストだということを学びました。
そして、教育に携わる人間として、創造に関わる人間としての「責任の重さ」も少しずつ考えられるようになりました。

そこで、本日は弊社の大切にしている言葉の1つ”否定するなら代案を”ということについて書きたいと思います。

否定には2種類ある

私は否定には2種類あると思っています。

①人の成長を促す否定
②自分を守るための否定

人の成長を促す否定

「①人の成長を促す否定」とは、相手に対する思いやりです。
人はもちろん間違いを犯します。
その時に相手の気持ちに立って正してあげる。
そんな否定のことです。

自分を守るための否定

「②自分を守るための否定」とは、相手を突き落とす否定です。
自分のポジションを守るため、自分が優位に立つために人を一方的に蔑む否定のことです。
相手のためではありません。自己主張をしたいだけの生産性の無い否定だと思っています。

どちらがいい否定?

私は、社会に出て責任を持って発言をするのであれば、「①人の成長を促す否定」しかだめだと考えています。

もちろん、社会的に小さな信頼関係が築かれている団体(家族や親友や恋人など)の中では自己主張して良いものだと思いますし、承認欲求が働くことも当然あると思います。
しかし、それでは生産性はありません。

もし、否定をしたいのなら、否定意見を言いたいのなら、
発信する前に、一歩留まって
「自己主張をしたいだけなのか、人のために伝えたいのか」
いま一度考えてみると良いのだと思います。

私も最近ようやく一歩留まって考えることを意識出来るようになりました。
この日記を書いている現在も、
「この意見を発信することで誰かのためになると良いな」
と思って書いています。

否定するなら代案を

前述した通り、私は「人の成長を促す否定」が何かを創造する時や発展には必要だと思います。
その時に心がけるべきことが、”否定するなら代案を”ということです。

否定をするときに大切なこと

否定するだけであれば正直誰でも出来ます。
知識がなくても、気持ちがなくても出来るので簡単なのです。
しかしこれでは、何も生まれません。発展もありません。
従って、必ず代案が必要となるのです。
代案が思い付かないのであれば、それは否定できるだけの理屈はなく感覚ということになります。
その時は、こう伝えるべきだと思うのです。
「感覚だけどおかしい気がする、何か別の選択肢はないかな?」と。

ここで、代案を出す上で一番大切になるルールがあります。
それが発言者と「同じゴール」に対しての代案であるということです。

ゴールを考えた上での否定

例えば、
私は、夢を叶えたいけどどうすればいいかわからず悩んでいる人に対して、少しでも力になればいいな、将来的には仲間ができたら嬉しいなとの思いから、自分の経験を元にこの日記を始めました。
そこに対して、「そんな当たり前のことをわざわざ主張するのはダメだ、自重しろ」という否定はお門違いだと思います。
なぜなら、私のゴールは”伝える”ことだからです。

私は、自分の中で考え抜いて日記を書いています。
責任を持って発信しています。
だから、伝える能力をさらに伸ばせるアドバイスやお言葉は非常にありがたいです。
そのようなお言葉はしっかりと受け止め、勉強していこうと考えています。

しかし、「自重しろ」となると、ゴールがまず違うのです。
これでは代案にはなりません。
つまり、生産性のない、ただ人を傷つけるだけの発言となります。

否定意見は人の成長にとって必要不可欠だと思います。
だからこそ、相手に寄り添い同じゴールに向かって代案を出すことが大切なのです。

この考え方1つで私はポジティブに物事を捉えられるようになりました。
より他者の意見を受け入れられるようになりましたし、自分の意見も自信と責任を持って言えるようになりました。
弊社リーバンスには発想力豊かな仲間が多くいます。
私が思ってもみなかった案がたくさん飛び交っています。
このような最高の環境の中でしっかりと知識をつけ、発展性のある意見を発言できるよう頑張っていこうと思っています。

最後に

心無い否定、相手のことを考えない否定で、何人もの未来ある心が折れています。
どうか自分のモノサシで人を判断する時は、相手の気持ちに立って下さい。
自分を必要としている人がいる。自分に認めてもらいたい人がいる。
ということを考えて下さい。
自分が誰かを必要としている、誰かに認められたいのと同じように。

この文章を書くことでまた反感を買うかもしれませんが、
私は決してその方々のために書いているわけではありません。
誰かの力、誰かの勇気に少しでもなれると嬉しいです。

私はこれからもみなさまにお力を貸していただくと思います。
一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします!

あやみん。(@ayami_ii)

否定するなら、代案を。」への3件のフィードバック

  1. 代案の無い否定されたら、そもそも、否定する原因は何なのか、
    自分のほうから積極的に考えて調べて検証するしかないです。
     
    エラー発生して、何でも親切にデバッグメッセージ吐いてくれるとは限らない。
     
    怖いかもしれないけど、否定した人に質問できるなら質問して詳しく情報を聞き出したり、
    否定した人がSNSやっているなら、その人が普段どんな体験し、
    どんな情報を頭に入れているのか調べてみるといいですね。

    「そんな当たり前のことをわざわざ主張するのはダメだ、自重しろ」
    と言われて傷ついたのですね。

    僕がもしその否定コメントをそのまま受けたら、
    「なるほど。当たり前な事は他の方が腐るほど言っているし、
     自分がそれを言うのは、必要最小限にとどめて、
     自分にしか発信できない質の高い役立つ情報を、
     発信するように心がけていくべきだ。」
    と思考します。だから、こういう否定コメントでも感謝できるんですよ。
    代案の情報がなければ、自分で代案を考える。全ては自分次第。

  2. いつも拝見させて頂いているのでくすが、私にとってあやみさんの投稿は大変興味深く、刺激的な時を得ることができます。ありがとうございます、そしてお疲れ様です。

    この 否定するなら代案を の記事を拝見させて頂きましたが1つ質問があります。

    なぜこの記事を書こうと思われたきっかけは何ですか?

    1. 阿部 龍愛 様

      お褒めの言葉ありがとうございます。
      私がこのメディアを立ち上げてから若干の否定的な意見を目にしたのですが、その方々の意見は「人の成長を促す否定」ではなく「自分を守るための否定」だったため、否定の種類と違いについて自分でももう一度考えてみようと思ったからです。

      あやみん

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